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小学生の時にはじめてパソコンを知ったときから、プログラミングに熱中したこと、雑誌に採用されたことなど、懐かしいMSX時代を回想します。
出会い 私が初めてマイコン(パソコン)というものを知ったのは、小学4年か5年生の時でした。
父親が買ってきた「こんにちはマイコン」という本を読み、マイコンとは何かということから、コンピュータのしくみ、将来はコンピュータ社会になることなどを、その本で初めて知ったのです。
この本には10年後(つまり現在)の生活についての記述もあり、電子新聞や電子郵便、在宅勤務、学校でのパソコン教育などが予想されていました。それらは徐々に現実化しつつあります。
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こんにちはマイコン(小学館・渡辺茂監修・すがやみつる著)→
はじめてのパソコン 小学5年生の夏休み(1985年7月)、念願のパソコンを買ってもらいました。パナソニックのMSXパソコン、FS-4000という機種で、プリンタとワープロソフトが内蔵され、キングコングという愛称がついていました。内蔵プリンタは16ドット、ワープロの漢字変換も単漢字変換のみと、今となっては信じられない仕様ですが、当時としてはめずらしく、家族の年賀状もこれで作成したのです。
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MSXワープロパソコン FS-4000→
プログラミングの日々
それからというもの、私はプログラミングに夢中になりました。作成したプログラムは、カセットテープに「ピーウガウガウガ」と保存して、友達と交換したりもしました。
記憶装置はフロッピーディスクへ、パソコンはMSX2から2+、turboRへ、自分自身も小学生から中学生、高校生へと進化する中、私は毎日プログラムを作っていました。作ったプログラムも、各種ゲームからワープロ、CGツール、ディスクマガジンなどあらゆるジャンルに及びます。
雑誌に初採用 高校2年(1991年)の夏、1通の速達が届きました。それは、徳間書店の雑誌「MSX・FAN」のAVフォーラムコーナーに、プログラムが採用されるというものでした。私は飛び上がって喜び、掲載紙が発売されるのを心待ちにしたのでした。
「MSX・FAN」はMSXパソコンの専門誌で、クリエイト系の記事が充実していました。中でもファンダムコーナーは、優秀なプログラムをカラー写真つきで市販ソフト並に紹介し、プログラムリストを読者が打ち込むというもので、そこに採用されるのが私の目標でした。
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MSX・FAN 1991年9月号 AVフォーラム採用 「扇風機」→
ファンダム初採用と奨励賞 そして、その年の秋、念願のファンダムの採用通知が届きました。採用されたのは「ロイヤルナインゴルフクラブ」という3Dゴルフゲームです。この作品で私は、MSX・FAN誌より第17回季間奨励賞を受賞したのでした(1992年4月号)。
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第17回季間奨励賞受賞作品
MSX・FAN 1992年1月号 ファンダム採用 「ロイヤルナインゴルフクラブ」→
Mファンの常連となる
それ以来、次々と私の作品がMSX・FAN誌に採用されるようになりました。最終的には、ファンダムに8作品、AVフォーラムに5作品、CGコンテストに3作品採用されたことになります。
Mファンの廃刊とともに
最後にファンダムに採用された「星彩」以来、私はMSXでプログラムをあまり作らなくなり、だんだんとPC-98、Windowsへと移行していきました。そして、1995年8月号をもってMSX・FAN誌は廃刊となりました。
MSXは衰退し、ほとんど使うこともなくなりましたが、それまでの経験や技術は今に引き継がれています。